名古屋地方裁判所岡崎支部 昭和37年(モ)3号 判決 1965年10月25日
債権者 近藤正
右訴訟代理人弁護士 佐野公信
債務者 柴田まつゑ
右訴訟代理人弁護士 天野末治
同 尾関闘士雄
主文
債権者と債務者間の当庁昭和三六年(ヨ)第八二号不動産仮処分事件について、当裁判所が同年一二月二三日になした決定はこれを取消す。
債権者の本件仮処分の申請を却下する。
訴訟費用は債権者の負担とする。
第一項に限り仮に執行することができる。
事実
債権者訴訟代理人は主文第一項掲記の仮処分決定を認可する旨の判決を求め、その原因として、
一、債権者は債務者より昭和二九年二月一五日、金三〇万円を利息は月四分、買戻期間を一応同年八月一〇日と定めて借入れ、右債務を担保するため債権者所有の別紙目録記載の宅地を譲渡担保に提供して所有権を債務者に移転登記した。しかし乍ら契約書面上不動産登記簿上弁済期日乃至買戻期間として二九、八、一〇としたのは単に登記手続の体裁を整える目的であって、それ以上に弁済期について確定的な合意があったのではない。
にもかかわらず債権者側の訴外近藤清一(債権者の父にして債権者の代理人)が同年八月末日弁済の提供をしたが債務者は買戻期間の徒過を理由に受領を拒み、物件の移転登記に応じない。
二、よって債権者は債務者に対し所有権移転登記手続請求の訴(当庁昭和三六年(ワ)第一六七号事件)を提起したが、債務者が本件不動産を他人に占有させたり、これを譲渡、担保権の設定等するおれがあるので、その執行保全のため主文第一項記載の仮処分決定を得た。よって債権者は右仮処分決定の認可を求める。
債務者の二重訴禁止の主張に対する答弁として、
三、両訴は二重訴には該当しない。
前訴(以下三二年(ワ)第一七八号事件を単に略称する)は所有権移転登記の抹消登記を求めるに対し後訴(以下三六年(ワ)第一六七号事件を単に略称する)は所有権移転登記を求めるもので両者は請求原因を異にする。即ち前訴では、登記は債権者に無断で為されたので無効であることを原因とするに対し、後訴は債権者と債務者間の契約に基く返還を原因とするものである。
請求原因を異にするから民事訴訟法第二三一条に該らないことは明瞭である。
と述べ
疏明≪省略≫
債務者訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、債務者の主張として、
(二重訴禁止の主張)
一、債務者は本件の債権者正とその父近藤清一を被告として当庁へ昭和三〇年一〇月三日、本件宅地明渡請求の訴を提起し、昭和三〇年(ワ)第一七二号として係属、次いで右事件の被告近藤正(本件の債権者)は右事件原告柴田まつゑ(本件の債務者)を被告として当庁へ同三二年八月三一日付で同一物件について所有権移転登記の抹消登記手続を求める反訴を提起し、昭和三二年(ワ)第一七八号事件として係属し、両事件を併合審理の末、同三三年一一月一九日に当庁により原告まつゑ勝訴、反訴原告正敗訴の判決が言渡され、近藤正、同清一はこれを不服として名古屋高等裁判所、最高裁判所に順次控訴、上告したが不服の申立はいずれも相立たず上告棄却により一審判決は確定を見た。
二、右債権者正は右債務者まつゑを被告として当庁へ昭和三六年一〇月三一日同一物件の所有権移転登記手続請求の訴を提起し、昭和三六年(ワ)第一六七号事件として係属したが(これが本件仮処分の本案事件である)右は前述一、事件と当事者、訴訟物を同じくし二重訴禁止に触れるから、後訴は不適法として却下さるべきである。
三、債務者まつゑは前記一の確定した当庁昭和三〇年(ワ)第一七二号事件の執行力ある判決正本に基いて昭和三六年一二月二二日本件物件につき名古屋地方裁判所岡崎支部執行吏に執行委任してその約半分(西の部分)につき債権者正及び訴外近藤清一の占有を解いて債務者に明渡を受けたが、爾余の半分は現在なお同人等によって不法占有されている。
四、然らば、本件仮処分決定は不当であるから取消さるべきであると陳述した。
疏明≪省略≫
理由
よって案ずるに、債権者は債務者に対し本件物件につき、昭和二九年二月一五日付債務者への所有権移転登記がしてあるが、その際にこれに付帯して結んだ同年八月一〇日迄に買戻し為し得るとの特約に基いてその履行として債務者より債権者に該登記の移転登記手続を求めているが(このことは弁論の全趣旨並に疏甲第二号証の記載により認められる)債権者はさきに債務者を相手どり同一物件につき二九年二月一五日付所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴を当裁判所に提起し(名古屋地方裁判所岡崎支部昭和三二年(ワ)第一七八号所有権移転登記抹消請求反訴事件)、訴外近藤清一が債権者に無断で同人の印章を使用して債務者に対する不動産売渡証書を偽造し、更に債権者の右印章を不正に使用して名古屋法務局岡崎支局に対し債権者から債務者への前記所有権移転登記をしたから無効であると主張したところ、当裁判所は原告(本件債権者)の請求を棄却するとの判決を言渡し、これに対し債権者は控訴、上告をしたがいずれも棄却されたことは弁論の全趣旨より当事者間に争いがない。債権者は後訴の請求の原因は原、被告間に昭和二九年二月一五日締結した買戻の特約に基き、同年八月末日弁済の提供をしたから、適法な買戻権を行使したことを理由として主張するもので、前訴と請求原因を異にするから前判決と牴触しないと主張する。
しかし乍ら前訴においても後訴(本件仮処分申請事件の本案訴訟)においても審判の対象となっている訴訟物は、債務者より債権者に対する登記の移転を求めることを内容とする登記請求権なる唯一無二の権利であって、而して登記請求権なるものは実体上の権利関係と登記の記載とを符合させることが理想ではあるが、従来の判例の蓄積により、最終の目的である不動産物権関係の現在の状態に符合する以上、中間省略の登記もなおこれを有効とされ、或は同様に無効の売買により所有権移転の登記を得た者に対する旧所有者の登記請求権の内容は無効な登記を抹消することであるが、抹消登記に代えて移転登記を請求してもよいことは既に確立された実務である。(大審院大正一五・四・三〇民集三四四頁等)。
これを本件について見るに、前訴後訴共に、債権者より債務者に対するその不当な登記の除去を請求するところの物上請求権たる一の登記請求権であると断定して差支えなく、而してこの請求権はその理由が異る毎に別個に発生するものではなく、理由がどのようなものであっても、単一なる権利であると解するのが相当である。
債権者がその理由として主張する無権代理であるとか、弁済であるとかは所謂請求を理由あらしめる攻撃防禦方法に過ぎないのである。
これを本件について見ると前訴の既判力の基準時である口頭弁論終結時(勿論それは前訴提起の昭和三二年八月三一日より以後である)より以前に発生した理由を後訴において債権者が述べていることは明らかであって、従って債権者の後訴における移転登記手続を求める請求は前訴の判決の既判力によって請求棄却を免れないものである。
以上の如くであるから本件仮処分申請はその後保全権利につき疎明なきに帰するので、先きに債権者の申請を容れてなした前掲仮処分決定はこれを取消し、本件仮処分申請はこれを却下することとし訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 山下進)